「オールドパーと私」部門 部門賞

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 窓から見える富士の白い雄姿がまだ寒々しい、空気の澄んだ日曜日の朝だった。私はいつもより遅い朝食を取りながら、新聞を一面から読んでいた。しばらくして私と同じような寝癖をつけた中学3年生の息子が隣に座った。 「これお父さんがいつも飲んでいるウイスキーだよね。」
 シリアルにミルクを注ぎながら息子がその日はじめてかけてきた言葉は、「おはよう」の挨拶ではなく、新聞に載っていたウイスキーの広告についてだった。そこには我が家では見慣れた、ひび割れ模様のウイスキーボトルが大きく印刷されていた。内容はそのウイスキーに関する文章を応募するものだった。

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確かに私はいつもこの「オールドパー」を飲んでいる。考えてみれば数あるウイスキーの中からどうしてこのウイスキーを選んだのだろうか。香り、味わいなど、個人的な好みもあるが、それは飲み続けている理由であり飲み始めたきっかけではない。このボトルとの出会いを思い出そうと遠い記憶の糸口を辿っていくと、まだ私が幼かった頃のリビングの光景に辿りついた。リビングの食器棚に、グラスと共に並べられていたのがこのウイスキーだった。ボトルの奥にわずかな光を通してみえるその液体は、大人の世界への羨望として記憶している。私にとって憧れの大人だった父は、小学6年生の時に亡くなった。当然ウイスキーのうまさを教えてはくれなかった。ただオールドパーのひび割れ模様を通してみえる液体は、憧れていた父への思いの象徴として強く私の脳に記憶されたのだ。そうだ、これがこのウイスキーとの出会いだった。

 ところで息子は将来どんなウイスキーを飲むのだろう。もしそれがオールドパーだった時、今日の出来事を思い出すだろうか。以前より会話が少なくなった息子が、どうしてウイスキーの広告に興味を持ち私に話しかけたのかは分からない。単なる偶然だったかもしれない。ただ、オールドパーを通して父から自分、そして息子へと続く記憶の連鎖がもしあるなら、少し嬉しく感じられた。

出典:
朝日新聞デジタル AERA STYLE MAGAZINE「オールドパーを愛したニッポンの男たち」
マイストーリーコンテスト 部門賞 東京都 石井健輔さん 「オールドパーと私」部門
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