曾祖父の代から染め上げた100年の伝統に、新風を。

廣瀬雄一 ひろせ ゆういち(江戸小紋染職人)

「ものすごく繊細で、一見派手さはないけれど、何かこう、自分があるような、一本筋が通っていて、凛としている。それは、まさに日本人そのもの。」

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廣瀬染工場 四代目・廣瀬雄一は、家業として代々染め続けている江戸小紋について、こう語る。彼の言葉は、江戸小紋の魅力を知るものには、すんなり腹落ちするはずだ。遠目には無地に見えるが、近くで見ると溜息が出るほど微細な点やモチーフがひしめきあっている文様には、日本人らしい奥ゆかしさと信念、そして英国のウィットと相通ずる江戸っ子の遊び心がある。

健康的に日焼けした精悍な風貌の廣瀬を見て、工房の奥で黙々と作業を続ける古風な職人の印象を重ねるのは難しいかもしれない。じつは彼には、ウインドサーフィンでシドニー五輪の強化選手として活躍した異色の経歴がある。大学卒業後に競技の道を退いてからは、その情熱は江戸小紋へと風向きを変えた。

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8月26日まで表参道で開催されている廣瀬染工場の創業100周年を記念した展覧会『亜空間として形成する伊勢型紙・江戸小紋の世界』は、彼が染め上げた江戸小紋を間近で見ることができる貴重な機会だ。気鋭の建築家・長坂常氏とコラボレーションしたこの企画は、伝統工芸の担い手としてはタブーとも言える違うジャンルとの融合を具現化した試みなのだが、若い世代の関心を集めるだけでなく、江戸小紋の愛好家からも高く評価されている。

会場には、100周年記念として特別に染めた「極型小紋100選手綱取」や「縞柄100選」などの他に、廣瀬が独自でブランドを立ち上げた江戸小紋のストールも並ぶ。

  • 極型小紋100選手綱取

    極型小紋100選手綱取

    廣瀬染工場が100年の間に受け継いだ柄の中から100柄を厳選し、難易度が高い手綱取(斜めの縞模様)で表現した意欲作。

  • 縞柄100選

    縞柄100選

    「粋」の代表とも言える縞柄100種類を水玉模様の中に配置。傷んで全面に染められない型紙やサイズ違いの型紙を使用し、現代風にアレンジした。

「7、8年前に染め師になりたいのに先が見えない時があったんですよ。自分は腕のいい職人になりたいのに、そこに仕事がないっていう。職人って、どれだけ腕が良くても仕事がないと意味がなくて。仕事をつくるために必死になって染めるものを探していた時に、たどり着いたのがストールなのです。」

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社長でもある三代目の父親は、染工場の未来を切り拓こうとする息子の挑戦を静かに受け入れた。「ありがたかったのは、父が反対しなかったこと。」と、廣瀬は当時の心境を振り返る。工房で働く頑固な職人気質の大先輩たちに囲まれながら、新たな一歩を踏み出すのは、かなりの勇気と覚悟が必要だったに違いない。しかし、廣瀬には困難をチャンスに変える曾祖父譲りの行動力があった。

廣瀬染工場の創業者である曾祖父は、戦前に戦時中の物資不足をいち早く見越し、借金をして染料を買い占めた。戦後、日本経済が復興すると、ここぞとばかりにネクタイを染め始め、当時のサラリーマンたちの大ヒット商品を生み出した。四代目の廣瀬のストールは、いわば平成版のネクタイだ。先見の明というDNAが、またもや工房を窮地から救い、職人としての廣瀬の可能性も広げていった。

初代の「ネクタイ伝説」は、廣瀬が四代目としての生を受ける前の話だ。実際に彼が覚えているのは、二代目の祖父の思い出。晩酌としてウイスキーを嗜んでいた祖父は、ひび割れ模様のボトルに入ったオールドパーを水割りやロックで味わった。今年40歳になった廣瀬は、その酒を友人や職人仲間と楽しむことが多いと言う。飲み方もハイボールと、四代目らしく現代風だ。

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江戸小紋とオールドパーには、クラフトマンシップという共通点があると廣瀬は語る。「江戸小紋のテキスタイルを作り上げるまでに、ものすごいスペシャリストの集団が関わっていて、誰かひとりが欠けても、これだけのものは生まれてこない。酒造りも同じで、樽にしても麦にしても手が込んでいて、こだわりを貫くスペシャルな集団がいるからこそ、長く受け継がれる逸品ができあがる。」

オールドパーの和食プロジェクトの一環として、廣瀬は自ら染めた江戸小紋でオールドパー専用座布団を制作した。廣瀬染工場の100周年記念展の会場でストールの並びに佇むボトルを見つけたら、座布団の柄に目を凝らしてほしい。右肩上がりのボトルが鎮座する座布団の文様は「千客万来」。それは、次の100年へと向かう工房の未来に向けた願いとも受け取れる。

廣瀬は自分のことを、江戸小紋を代々受け継ぐ時代の中の「点」だと言う。その「点」を次世代につないでいくことに、職人としての使命を感じるのだと。「伝統工芸が注目される近年の追い風に乗って、行けるところまで行ってみたい。」そう語る彼の眼差しに迷いはない。元ウインドサーフィンの五輪強化選手は、時代の風に乗るのも得意なはずだ。江戸小紋の次の100年を見据えた廣瀬染工場の挑戦は、もう始まっている。

亜空間として形成する伊勢型紙 江戸小紋の世界

会期:
2018年7月17日~2018年8月26日
会場:
EYE OF GYRE
住所:
渋谷区神宮前5-10-1 GYRE3F
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