アーティスト志望から、創造的な酒場づくりへ。

大野尚人おおの ひさと(「酒肆 一村」店主)

江戸の下町情緒を残した東京・門前仲町に2年ほど前、「居酒屋以上、バー未満」をコンセプトにした店がオープンした。店の名前は『酒肆 一村(しゅし いっそん)』。店主の大野尚人は、最近レシピ本を出版したり、ウェブや雑誌で取り上げられたりと、食通たちに一目置かれている。彼が手がけるこだわりの一杯に酔いしれたくても、店の予約が取れないほどの人気ぶりだ。

photo

「ボクの飲食店に対するテーマは、世の中に酒場を普及させることです」。そう語る大野は、店を開けている平日だけでも週2回、日曜には1日に4軒飲み歩く。自分は職人でもなく、バーテンダーでもなく、ただの「のんべえ」と主張する彼は、酒場めぐりをしながら、飲食業界の現状を把握。身をもって感じた業界の弱点を自分の店で強化させることで、酒場の魅力を世の中に広めたいのだという。

「もともと料理じゃなくて、何かをつくることに興味があって。絵描きや映画監督になりたかったんです。でも、絵や映画はすぐにできないじゃないですか。時間をかけて脚本書いて編集しても面白くないとお金にならないし。料理だったらすぐつくれて、美味しいって言われるとうれしいので、こっちの方がいいかと(笑)」。

photo

めくるめく酒場の世界に彼を誘ったのは、グルメ漫画の『美味しんぼ』。ジャズを聴きながら酒を飲んで二日酔いになる山岡士郎に憧れて、料理が上手いサラリーマンになりたいと思った。その夢を叶えようと、一度は企業に就職して営業職についたほどだ。さらに、実家の応接間に飾ってあった父親の洋酒コレクションも、大野をこの業界に引き寄せる大役を果たした。

「開けてはいけないキャビネットの扉の先に早く行きたくて。お酒を飲めるようになってから、思い切ってバーの扉を開けちゃったんですね」と、大野は笑う。初めて足を踏み入れたオーセンティックなバーの雰囲気は格別だった。応接間にあった同じ銘柄の酒を頼んでみては、マスターの手ほどきを受け、その味わいと飲み方を覚えていく日々。

父の洋酒コレクションの中にあったひび割れボトルのオールドパーは、『酒肆 一村』でも特別扱いだ。
メニューにも「店主の好きなオールドパー」と、断り書きが添えられている。みんなのオールドパーではなく「ボクが愛して止まないやつを飲んでください」という大野の思いが込められていると同時に、伝統的なウイスキーの名前をメニューに入れることで店の品位を上げるという店主としての策略もあるのだとか。

photo

食事への合わせやすさも、大野がオールドパーを一押しする理由のひとつ。「癖のあるシングルモルトだと強すぎてしまうところを、ちゃんと味を分析してやさしく考えられている。バランスがわかっている感じがします」。料理の美味しさを引き立てるのなら、オールドパー 12年は水割りで、オールドパー シルバーはハイボールで楽しむのがおすすめだ。

大野流オールドパーの飲み方の極意は、「とにかく全部、冷やせ」。店で出している12年とシルバーは、ボトルに霜が付くほど冷凍庫でキンキンに冷やしてある。ハイボールは、冷やした炭酸水を氷に当てないように慎重にグラスへ注ぎ入れ、軽くステアするのがいい。十分に冷えきっていなかったり、無造作に注ぎ入れたり、ステアしすぎたりすると、ガスが抜けてしまうからだ。水割りも同様に、すべてをとことん冷やすべし。ただし水割りの場合、店で出すオールドパーと大野自身が好んで飲むオールドパーとでは、色が違う。「お客さんには1対3で出しているんですけど、オールドパー好きな人間としては、1対2のほうがいいと思うんですよ、濃いめのほうが(笑)」。

つまみについても、一家言を持つ。「酒場をつくるにあたって、必要なのは酒だけではないんですよ。
ボクはお酒が51%、つまみが49%の割合にしています。若干お酒が勝っているように」。

  • 水割りに合う料理

    水割りに合う料理

    「シャインマスカットと焼しいたけの
    みぞれ和え」

  • ハイボールに合う料理

    ハイボールに合う料理

    「里芋と牛肉のコロッケ」

飲み方によって、合わせたいつまみのメニューも変わってくる。オールドパーの水割りには、例えば「シャインマスカットと焼しいたけのみぞれ和え」を。フルーツの爽やかな甘味と土佐酢の酸味、しいたけの旨味が絶妙に合わさったところに、ウイスキーのほろ苦さが口の中で調和する至福。一方、スッキリした飲み口のハイボールには、コッテリした料理を。深い味わいの牛肉シウマイもいいが、里芋と牛肉のコロッケをほおばった時の「サクッ」「トロッ」とした食感も最高だ。

応接間に飾られていた父の洋酒コレクションは、今では『酒肆 一村』の戸棚の中に鎮座している。かつての憧れの酒たちがついに解禁されたのかと思いきや、「親父からはボトルを開けるなと言われています(苦笑)」と大野。応接間のキャビネットは、ある意味、この先も、彼にとっては開かずの扉のままのようだ。

酒肆一村

東京都江東区深川2-1-2 深川岡野ビル 2F/03-5875-9963
営業時間:18:00〜翌1:00(定休日:日曜日)

Back to Top